コスプレやリメイク文化のルーツも? まつり衣装に潜む歴史と面白さ
メイン画像:山形県遊佐町の吹浦延年の花笠舞 (C) 下郷和郎 / 芳賀ライブラリー
まつりの衣装というと、みなさんはどんなものを思い浮かべますか? 今回の記事では、例えばハッピ(法被・半被)や花笠のような、日本のまつりの「定番」衣装が、どのように広まり、進化してきたかをご紹介します。一見なじみが薄く感じられる衣装にも、じつは現代を生きる私たちと共鳴する感性が潜んでいるかもしれません。
「ハッピ」として着られている衣装は、厳密には半纏(はんてん)だった?
背中に「祭」などと記された紺や青のハッピ姿は、最もまつりらしい服装の一つだと思われます。ハッピは、もともと羽織の一種として江戸時代の武士階級に広まったものでした。それがなぜ、庶民のまつりの定番衣装になったのでしょうか。
じつを言うと、まつりでハッピとして着られているものの多くは、厳密にはハッピではなく半纏(はんてん)です。半纏は、もとは庶民が防寒着として着ていた綿の入った衣服で、ハッピと比べると、襟を結ぶ胸紐がなかったり、袖が短かったりという特徴があります(半纏という名は「袖が半丁しかない」ことからきたと言われます)。
しかし半纏の着丈が短く広い袖で動きやすい形態や、着物の上に羽織るという着用法がハッピと似ていたので、しだいに両者が混同されていったのでしょう。
スポーツのユニフォームのような役割も担うハッピ
なぜこれがまつりの定番になったかというと、半纏の背中や胸、襟などに紋や印を入れる習慣が理由だと考えられます。紋付の羽織が式典の正装として着られる場合にも通じますが、「印半纏」とも呼ばれる屋号や家紋などを染めた半纏を銘々の衣服の上に羽織ることで、家や所属する集団を表示することができるのです。その意味では、胸にチーム名などを入れたスポーツのユニフォームと共通する文化と言えるかもしれません。
大勢の人が背中に屋号をいれたハッピを着用している岡山県「乙島祭り」の様子
昔から、まつりはたんに晴れやかな楽しみの機会というだけでなく、さまざまな立場や属性の人々の力関係があらわになり、また威信や財力を競い合う機会でした。都市部では、町ごとに屋台や山(曳山・舁山)を出して、その豪華さやそれに付随する囃子、芸の出来栄えを競っていました。
また村落部では、旧家や財力のある家がまつりの執行を担う当番や頭屋を務めたり、家ごとにまつりの役割が世襲されていたりしました。人びとが各自の役割や立場に誇りを持って集うことでまつりは成立しています。政治が「まつりごと」と言われるのも、おそらくそうしたことと関係しています。
現在のまつりのハッピにも「○○保存会」とか、地域内の年齢組織を表す「中若」「小若」などの文字が入っていますが、これらも所属を表すと同時に、集団の一体感や仲間意識を高める効果を持つと考えられます。
まつり衣装の「色」に滲む、かつての時代背景
立場や役割を表示する揃いのハッピが定番となったのは、木綿の織物が広く流通し、またそれに注文どおりの染めを施す染色業が発達した近代以後のことでしょう。現在でも、ハッピの定番色が紺やそれが褪色した青であるのは、庶民にとって最も身近な染物が藍染だったからです。
それ以前は、村や町の人たちが皆で揃いの衣装をしつらえるよりも、各自が自分の持つ衣服のうちで最も見栄えのするものを持ち出して着るのが一般的だったと考えられます。場合によっては、既存の服をリメイクして、より華やかに見えるように装飾する工夫もしていたようです。
また、江戸時代の祭礼絵巻などを見ていると、まつりの参加者の衣装として目立つのは白の浄衣や白張の衣装です。まつりは神様に奉仕する機会ですから、それに直接携わる者は、穢れを祓い清めるために精進潔斎することが求められました。その「清まった」状態を表す衣装が白の浄衣や白張の衣装です。
しかし同時に、まだ庶民の衣服に木綿を用いることが珍しく、麻が主体だった時代には、純白の布は、それ自体が極めて珍しい特別なものでした。白は、普段とは異なるハレの機会だけに着られる貴重な色だったのです。白い肌着やシャツがごく当たり前の日常着である現在の私たちとは、色彩感覚が大きく異なっていたことがわかります。
平安や江戸時代の装束を着た約300人が町を練り歩く福岡県「多賀神社 御神幸」の様子にも、白い浄衣や白張の衣装が見られる
「笠」は神や霊を依りつけるヘッドアクセサリー?
ところでまつりの衣装として注目されるのは、身体にまとう衣服だけではありません。なかでも頭に着ける被り物としての笠(傘)は、まつりの衣装として独特の存在感があります。
「阿波おどり」や「郡上おどり」など盆踊りによく見られる、顔をすっぽり隠す「鳥追笠」、御田植祭に早乙女さんが被る丸い直径の「菅笠」、時代行列の際に用いられ、頂部に高い突起を持つ艶やかな「市女笠」など、まつりに登場する笠はとりわけ女性の被り物として強い印象を残します。
このようなまつりに見られる笠は、日除けなどの実用的な機能を果たすことはもちろんですが、なかにはそれだけにとどまらない意味を持つものもあります。
そもそも各地の都市のまつりには、笠鉾とか山笠など「笠」と名づけられた大きな構造物が巡行するものが多くあります。まつりに出る「笠」には、京都の「祇園祭」の傘鉾のように実際に笠(傘)状に見えるものから、九州北部の山笠のように極度に装飾性の高いものまで多用な形式がありますが、その原型は文字通り笠(傘)を手に持って歩いたことにあると考えられます。
京都市の「やすらい祭」は、頂に生花を飾った赤い大きな傘が出ることで知られていますが、このように笠(傘)の上に造花や人形を乗せたものは中世から近世初期の祭礼を描いた絵画資料にもよく見られます。これらの笠(傘)には、盆の行事に切子の灯籠などを掲げるのと似た意味があり、色やかたちに工夫を凝らした目立つ飾りを高く掲げることで、祭りの場に集まる神や霊を依りつける装置だと考えられています。
そして、このような装飾を凝らした笠(傘)を頭に被ると、それが花笠になります。花笠は、古くは生花を菅笠などに取りつけたものだと考えられますが、現在の主流は紙やプラスチックでできた造花を使い、デザインに趣向を凝らしたものです。
山形市の「花笠まつり」に見られるように、紙でつくった花飾りをつけて踊りの小道具として使う笠は、全国のまつりで見られる定番の被り物であり、小中学校の運動会などで花笠を用いて踊った経験を持つ人も少なくないでしょう。
獅子舞だけじゃない。全国のまつりに見られる「コスプレ」衣装
特徴ある装飾の被り物は花笠だけではありません。まつりには仮装、現代風に言えばコスプレが欠かせません。伝統的なコスプレの代表は、獅子頭を被った獅子舞でしょう。日本では、獅子はすなわち想像上の動物ですから、龍のように見える長細い面形のものから、まるで猫のような愛らしい丸っこいものまで、その姿は人々の想像力に応じてさまざまに表現されます。
ほかにも動物のコスプレとしては、東北の太平洋側に広がる鹿踊り、同じく東北から関東にまで伝わる虎踊りや虎舞、大分県の「姫島の盆踊」に出るかわいい狐踊り・たぬき踊り、かつて京都の祇園祭でも定番の演目であり、現在は島根県津和野町と山口県山口市にだけ残る鷺舞など、土地ごとのゆるキャラなんかに負けないユニークなものがたくさんあります。
とうぜん仮装のモチーフは動物だけに限られず、まつりに現れるコスプレは枚挙にいとまがありません。ぜひ皆さんも、多くのまつりを見て、自分のお気に入りの「衣装=コスチューム」を見つけてほしいと思います。
衣装に注目したい全国のまつりを紹介
最後に、特に衣装に注目したい全国のまつりをいくつかご紹介します。まず、ハッピのように衣装に紋が入っていることが重視される例として、秋田県鹿角市の「毛馬内盆踊り」の映像をご覧ください。
秋田県鹿角市・毛馬内盆踊りの様子
このまつりは、盛夏にもかかわらず紋付の羽織や留袖(振袖の袖を短くして留めた袖を持つ着物)姿で踊ることで知られています。これには、盆に先祖の霊を迎えるには礼装がふさわしいという意識があるようです。
少し変わった衣装の使い方が見られるまつりとしては、静岡県島田市で行なわれる「島田大祭(帯まつり)」が挙げられます。このまつりは、行列のなかの奴姿の男性の両腰に差した太刀に、きらびやかな女性の丸帯を飾って練り歩くことで有名です。もとは嫁入りした女性を町内に紹介して回る代わりに帯を披露したとか、安産祈願の意味があったなどと言われますが、やがて帯の豪華さを競うようになり、家の威信をかけて財産をつぎ込んだとも言われています。これもハッピと同じく、まつりが家や集団の威信の誇示の機会であったことを示す一例と言えるでしょう。
山形県遊佐町「吹浦延年」の花笠舞や山口県長門市の「楽踊」のように、独特のデザインの美しく立派な花笠を着けた踊りが見ものになっているまつりも少なくありません。岩手県盛岡市「念仏剣舞」の大笠振りのように、被り物の域をこえた大がかりなものや、静岡市「有東木の盆踊」の灯籠状の張り笠のように、霊を依りつける装置であることを彷彿とさせるものなど、被り物としての花笠には、ただ美しいだけでなく、まつりの文化の奥深さをうかがわせてくれるものが多くあります。
最後にご紹介するのは、「リメイク」による美しい衣装を見られるまつりです。いまでもまつりの場に出向くと、祭半纏や和装用の下着の一種・鯉口のシャツ、あるいは股引などに刺し子という細かな刺繍をたくさん入れた衣装を見ることがあります。刺し子には、刺繍を施すことで生地を補強すると同時に、一枚布に独特の風合いとピンドットのような柄を加えるお洒落の工夫という側面もあります。
秋田県・羽後町の「西馬音内盆踊り」の衣装は、リメイクによる美しい衣装の際たるものとして、ぜひ見てもらいたいものの一つです。着古した絹織物の切れ端などが縫い合わせられ、同じものが2つとないオリジナルの着物に仕立てられており、究極のまつりファッションの一つと言っても過言でないと思います。ぜひ皆さんも全国のまつりから、お気に入りの衣装を見つけてみてください。
プロフィール
- 俵木悟
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ひょうき さとる
成城大学教授。中国地方各県や鹿児島県、千葉県南房総地域などを主なフィールドとして、民俗芸能の伝承についての実地調査に基づく研究を行なっている。単著に『文化財/文化遺産としての民俗芸能—無形文化遺産時代の研究と保護—』(勉誠出版、2018年)がある。